2018年02月02日

益城のカフェ"チロアウト"

2017年12月も下旬に入った頃
益城町にお邪魔しました。

熊本地震のことを忘れることはありませんが
もう1年10ヶ月以上も前に起こったことで
サラ地や新築の家が増え
公費での家屋解体率は90%を超えています

仮設住宅での生活は快適とは言えないまでも
日常に変わりつつあります



震災直後からお邪魔していた地域は
ゴーストタウンと化していた時期を越え
洗濯物が干されていたり
カーテンが開いていたり
以前の姿とは遠くても
生活の気配がすることにホッとしたような
そんな気持ちでした


益城町役場は建て直しが決まっており
役場機能は仮庁舎へと移っています

そんな 人がいなくなった役場の前に
かわいいカフェを見つけました



なんというか
失礼を承知で言いますが
ここ本当に益城かな
熊本地震ど真ん中の益城かなと
目を疑うような かわいらしい
「チロアウト」さん


娘さんが経営し
お母さんがサポートされています

益城のカフェチロアウト

益城のカフェチロアウト


置いてある雑誌の数々が
どストライクな幕末チョイスで感激した
なんて話は置いておき
幕末の志士とともにご飯を楽しみました


メインはもちろん
フレッシュなサラダが最高に美味しいんだけど
なんと言っても印象的だったのは
親子であろうスタッフお二人の豪快さ。


壁のない雰囲気で
飾らない話っぷりが気持ちよかったのです。


だからつい私もたくさん話を聞いちゃいました



2014年11月にopenされ
お店にお客さんがついてきた矢先の震災


前震のあった4月14日の翌15日
渋滞の中なんとか店にたどり着き
店を片付け
一安心したところで4月16日の本震


店はぐちゃぐちゃ
グラスやお皿はほぼ全滅


「何が大変って電気が止まって
腐った食品を冷蔵庫から出すのが大変!
 匂いはひどいし汚れるけど
 水が出ないから流せなくて」



冷蔵庫の中のものが
気が付いた時には
カビルンルンに覆われてた
なんてことを
やらかしてしまう私は
それがどういう惨状か
少しだけわかる気がします



実は一般のボランティアさんは
民家でもこんなこともされるんです

地味なように見えますが
悶絶するような臭い、汚れとの戦いで
体力勝負ではないけど
時に吐き気を覚えながらの作業は
精神的にまいる
という話を聞いたことがあります


冷蔵庫を捨てるにしてもまた使うにしても
必ず必要なこと


*****


娘さんのご自宅は一部損壊

福岡から越して来たばかりの
お母さんのご自宅は半壊認定

お店の建物は 幸い一部損壊という判定でしたが
再開のめどはいつまでたっても立たず
「これからどうなるのか」
という漠然とした不安を抱える毎日。


「店はぐちゃぐちゃだったけど
まだ開店して1年半しかたってなかったし
内装も気に入ってた
他でするのもお金がかかるから
とにかく再開できるのを待っとったったいね」


自宅の片付けをした後
お店再開までの間
親子はそれぞれアルバイトをして過ごされました。

「片付けが終われば暇だったもんだけん」って。
それに
「動ける人は動かなんよね」って。


実はお母さんは
ベテランのソーシャルワーカーさん。
震災後は せっかくならと
災害支援の窓口や介護保険の相談員を。

被災者ではありながら
福岡の職場の方のご支援もあって
仮設住宅でのイベントを
企画したこともあったそう。

「そんなことをしていたら
 引っ越してきたばかりだったけど
 知り合いが増えたのは嬉しかった!」 

と心折れそうな状況でも
この親子は明るい

益城のカフェチロアウト


被害の度合いは様々だけど
「もらう」
「してもらう」
ってことに慣れすぎると
自立できることも
「してもらって当然」
になってくる様子もありました。


起きたことにどう向き合い
どう対処するかはその人次第


例えば
自分でどうにかできる状況でも
炊き出しを必ず待っていたり
この親子はアルバイトができたけど
被害がさほど大きくないように見えても
地震のショックから
働くような気持ちになれない人もいたのだとか。

心の立て直しは それぞれのペースがあります

だけど
明るいってこと自体
もしかするともしかして
やっぱり
生き抜く上での
財産かもしれません


益城のカフェチロアウト


私がいただいたランチに添えられていた
サラダのベビーリーフを生産する
「みっちゃん工房」は益城にあります
農家さんは損害の規模がケタ違い。

だけどそんな状況の中
チロアウトさん再オープンの時に
お祝い金をくださいました


決して余裕があるからではありません

お互いが苦しい状況の中での助け合いです


「自分のところも大変なのに
 どうしてそんなことができるんだろうって涙が出た」

業者さんも
「益城の人からはお金とれん」
と 最低限の価格で冷蔵庫を修理してくれたり

来てくれたボランティアさんとの出会いは
とても面白かったし勇気付けられた。


震災がもたらす温かさも同時に感じたと娘さん。


時間が経ち
生活が安定してくると
ボランティアさんもほとんどいなくなり
メディアでも話題になることは多くなくなった

「非日常な状態が日常になって
あえて震災のことを思い出すこともない。
自分たちのことでさえそう。
私たちも他のところでの災害を
ずっと覚えているわけではないから
忘れられていくのは仕方ないし
それでいいと思う。
だけど人が関心を持ってくれる事が
こんなにも励まされるのね」



応援してくれる人がいる
ということや
励ましの声が
勇気になり背中を押してくれる

この感覚はきっと
日常の中では感じにくいこと


物理的な支援が必要でなくなっても
精神的な支援が必要なんだと改めて。


分かりやすい「大変な状況」
な時には
「何かしたい」
という思いが沸き起こる方が多いし
どんな支援が必要か
比較的分かりやすい


だけど
ひと段落すると
それが見えにくくなります

「物は困っていなそうだし」
「義援金っていつまで?」
と。


実際 私も東日本大震災の後は
具体的な何か
行動することができませんでした。


ぜひ熊本に来て
その耳で声を聞いてください

誰かに
例えばここに
応援の手紙を書いてもいいのです


みんな、みーんな
「この経験を無駄にしたくない」
と思っています

他のどの地域でも起こりうる災害に
この経験をどうか役立ててほしいと。


その声に耳を傾けることは
聴く人の未来を守ることに繋がるかもしれないし
話す人の心の癒しにも繋がります




私の役割はそんな声を広げること
何か声を発してくれたらば
その声は
私が 出会った人々に届けます


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Posted by hachidori.photo at 23:54│Comments(0)ドキュメンタリー・取材
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