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Posted by おてもやん at

2018年04月14日

美学の中で生きる 〜熊本地震から2年〜




人格者というものは
遠くにいるのではなく
意外と近くに
実はいるのだと
私は取材をする中でよく思います

前例を知らない状況の中で表れるものは
常日頃積み重ねてきた
些細な
でも習慣となった思考や行動であることを
ハッと気づかされるのです


熊本地震から2年


誰かの体験が
誰かの教訓となるかもしれません



益城町の平田地区で
素敵な元気3姉妹とお父さんが運営する「みっちゃん工房」では
ベビーリーフが作られています

メモして貼っておきたくなるような言葉を
長女の遠山 智美さんから
たくさんいただきました



【みっちゃん工房のベビーリーフ】

3姉妹がスイカ、ミカンなどの果樹を育てていた
お父さんの農場を受け継ぎ
まだスーパーに並ぶことの珍しかったベビーリーフの
栽培を始めたのが10年ほど前。
女性でも作りやすいような
体に負担の少ないものをつくりたいと選びました。


取引先を探すことからのスタートでしたが
女性が買いたくなるようなサイズ感やパッケージなど
主婦ばかりのスタッフみんなアイディアを出し合い
健康ブームも相まって
みっちゃん工房のベビーリーフは
みるみる人気に。



阿蘇から流れるミネラルたっぷりの地下水で作るベビーリーフは
関西の人からは「味が違う」といわれることもあります。

「ベビーリーフの出来は「水」が決め手なの」

智美さんは そう教えてくれました







[仕分け作業中]





【 熊本地震発生 】

2度の震度7に見舞われるも
まだ新しかった工房は幸い無事。


しかし水は出ない。

水を汲みに水源地まで行ったけど
まっ茶色でどうしようもありませんでした。


近くのそうめん滝が回復して
タンクに汲んで対応しましたが
それまでの2、3日で
多くのベビーリーフがダメになってしまいました


そして
電気が通らない
電気がないと冷蔵庫が使えない


ベビーリーフは収穫して冷蔵庫で予冷してから出荷しますが
電気が通るまで10日ほどかかり大打撃…

せっかく育ち収穫しても予冷ができません。






先を見据え地震の翌日からタネを蒔きました。

種植えから収穫まで約2週間。
その間に電気や水道が戻ってきますようにと祈りを込めて。


[出荷前の野菜たち]



**

工房は 地震の直後から
従業員家族や近所の人の避難先ともなりました。

1ヶ月ほど工場で生活をする人や
避難している益城町の体育館から働きに来てくれるスタッフも。


みんなの距離が近くて、深くて、明るい。
それがみっちゃん工房です。


残念なことに
平田の集落では4名の方が亡くなられました

その中に
昔 お手伝いに来てくれていたおばあちゃんがいたことに
心が痛みます

 

【ふるさと という感覚】

思い返せば、精神的にとてもきつい時期がありました

「なんだろう?」と最初は分からなかったのだけど。



通りなれた道
遊びに行っていた友人の家

壊れて崩れているのを目の当たりにしたときに
どうしようも太刀打ちできないものに
親が痛めつけられているような

そんな苦しさを感じたのです


それがどういう感覚なのか
気づくまでに少し時間がかかりました



そもそも
ここは住みなれた地元だし
大切な人たちはいるんだけど
「ふるさと」というような
ほくほくと温かく感じるような
そんなものではありませんでした

それは
政治的に安定しなかったり
派閥があったり
マイナスな面もよく知っているからかもしれません。


だけど 理由も分からずなんだか苦しい。


そんな時、近くの美容室を訪れた際

「益城町民だから、益城のためにがんばる」

と言い切った美容師さんの言葉を聞いてハッとしました。



「あぁ、そういうことか。
 益城は自分をつくった血でもあり、肉でもあるったいね」


そう感じて覚悟が決まった。

「今ここで自分の地元に向き合わないでどうすっと!
 益城のためにがんばりたい。」

益城を大切に思う
郷土愛というものに気がついた瞬間でした。


【自分の美学の中で生きる】


震災後、益城では
行政に対して住民からも全国からも
批判の声やバッシングが寄せられました。


不手際もあったし、初期対応の遅れもあるし
ボランティアさんの受け入れをできる体制が整うのも遅かった
というのが大きな要因かもしれません。

確かにもっと準備をしておく必要があったのかもしれません
そうできたのかもしれません


だけど
かばうわけではないけど
2回の震度7の地震を体験した地域が他にありますか?

仕方がなかったことも多かったのではないか
という思いは否定できません。


どうしようもないくらいフル回転したって
間に合わないくらいの被害だったよね?って。

あるスタッフのご主人は公務員で
家は全壊しながらも
休みはとれず
連日泊まり込みで夜遅くまで働く必死な姿、
家族が彼を送り出す様子を 真近で見てきました。



みんなが精一杯でした。
みんなが等しく被災者でした。

誰が責められるでしょうか。





何もかもがごった返した状況の中で
自分たちのニーズが叶えられるのを待っていても
いつになるか見通しが立たないまま時間は過ぎます。

その間に自分たちが知恵を出し合って
力をあわせることはできます


町内で連絡網をつくって安否確認をしました。
小さなことながら、わずかに復興の兆しを感じました。

手をとり合って生き抜く希望の光というようなものでしょうか。

その当時感じたことを
智美さんはこう振り返ります。


「こういうときだからこそ、
生きるための想像力を働かせなんとよね。

そして、日頃から知恵や柔らかさを蓄えておく。

例えば、隣の人に必ず挨拶するとか、笑顔でいるとか、
そういうシンプルで基本的なことなんだけど。

それがおろそかになったとき、
変な情報に踊らされちゃったり
人を傷つけるようなことをしたり言ったりしがち。

だけどこんな時は助け合わんとどうしようもないたいね。」



そして走り抜けた2年間を前にして。


「実際に困ってどうしようも動けん人もいただろうし
だけど残念ながら誰かの不備を叩くことに一生懸命の人もいた。
大変な中で人に手を貸す人もいた。

自分のことができたら、人のこともできる。
自分を整えておくことで
誰かに手を差し伸べられるものだって
目の当たりにした感じ。



これは誰もに起こりうる、未曾有の災害の時。



こんなときにどうするか、
それが人間力というか。

心のあり方を自分に問いながら
自分の美学の中で生きていかなきゃ。

他力ではなく、自立して、ね。


その時は必死だったけど
日頃の積み重ねという生き方がそのまま出るとよね。
そんなことを今 改めて思うとたい。」



【熊本は、東北の真似をしたらいいよ】

2年経った今でもまだ地震の中で生きている人もいる。
前をなかなか向けない人も。

実はお父さまもそのうちのお一人でした。



被害の大きさだけでは測れない精神的な打撃。

来てくれたボランティアさんの中には東北の人や
阪神淡路大震災を体験した人が。

彼らは地域に物資を配りながら、
お父さんのお話を聞いてくれました。

ただただぶつけようのない思いを聞いてくれたことで
少しずつ明るさを取り戻しました。



「何も不安にならなくていい。
熊本は東北の真似をしたらいい。
僕たちはしっかり東北を復興していく。
だからね、熊本はただマネをしたらいいよ」



経験者の声に
どれだけ私たちは救われたでしょうか。

復興を担う背中がどれだけ勇気を与えてくれているでしょうか。



私たちは、これから他の地域で災害があったときには
同じ傷を共有できる。

これからは
「そうだよね」
って言ってあげることができるようになりました。


お父さんの話を聞いてくれたボランティアさんのように。



【手を繋ぐってきっとこういうこと】

工房の損害は1千万円を超えます。

加えて、
2016年、2017年合わせて4回の台風をお迎えしちゃって
もうさらに1千万を超える額が乗っかった。

震災で抱えた損害もまだ整理できていない状況の中です。

「やめて〜!って思うけどどうしようもないもんね。
そのくらいで済んだって思わなきゃ。」


そこで以前ご紹介したチロアウトさんのお話。

チロアウトさんがお店を再開するときに
お祝い金をお渡しになられたと
このブログの中でも書きました。
余裕がない中で どうしてそんなことができたのでしょう。


「あの人たちはね
『え、明日ビニールハウスにシート張るの?
じゃあ手伝いにきます!』
って言って 本当に来てくれそうな人たち。
あの大変な中 それを実行できる人はきっと多くないよね。


うちのベビーリーフをとても気に入ってくれているし
一生懸命作っていることを理解してくれている
その想いに応えたいって気持ちもあるかな。

それに、
私はあの親子の明るさから元気をもらっとるとよ。
まだ熊本に来たばかりのお母さんに
益城を嫌いになってほしくなくて。
あんな素敵な店を益城に構えてくれて嬉しい.

だからね、お互い様とよ」

***

彼女たちの明るい声が
工房から地域へ広がって行く様子がありありと見えます。



もう2年

まだ2年

まだまだこれから




益城は強い

熊本は強い

人間は強い





  


Posted by hachidori.photo at 00:19Comments(0)熊本:農家さんくまもと地震life

2017年05月17日

一年経って





熊本地震から一年と1ヶ月

昨年の夏、石垣島から戻ってからも
何気に通った益城町


震災直後からちょくちょくお邪魔してた集落に行っても
ゴーストタウンのように人がいなくて
ショベルカーの無機質な音だけが
どこからか聞こえて来るようなことがほとんどでした




4月
復興イベントで東京に飛ぶ前の時間
益城の集落をふらりしていると
一年前にご紹介したご家族とばったり出会えました


たくさんの経験をした一年
元気でいてくれたことが何より嬉しかった



地震の数日前に撮影したごきょうだい写真と同じように
修復されたお家の前で。



↓一年前




熊本には更地が増えました
まだ崩れたり傾いたままの家もあります

大きな道路からは見えない集落は
少し瓦礫がまとめられたくらいで
あんまり変わっていなかったり

2017.4.29


2017.9.5


2016.12.31


2017.4.15





2016.12.31
ここに住んでいなくても
人の息を感じました





2017.4
同じ場所
昨年まで愛でられていたであろう桜が
一人咲いていました






ニュースにはならない事実がたくさんある



時間の流れに風化していくけど
世間では昔の話題のように見えていても
そこに生きる人には
一年前に起こったことのちょっと延長にいるだけ


「一見何もなかったように皆んな笑ってるけど
 本当の復興も
 心が真に癒されるのも
 そんなに簡単に早くはできないのよ。
 時間がかかるものなの。」

そう言ってくれたのは阪神淡路大震災を経験した方でした



  


Posted by hachidori.photo at 02:53Comments(0)くまもと地震

2016年12月09日

山は崩れる


山は崩れる

道は消える


あったものは
ずっとそこにあるだろうと思ってた


つくられたものは
永久でないと知っているのに
いつか壊れると知っているのに
それでもやっぱり
目の前で失くなるはずはないと思ってた








阿蘇・立野地区


阿蘇のグルメを楽しめる飲食店があり
大きな病院があり
阿蘇へのドライブには必須とも言える道が通る

集落は日当たりの良い山の斜面に広がっている

お天気のいい日には
お布団が干してあるたくさんの家を
通りから見ていた

そんな場所だった


4月の地震で大橋が崩落し
地震に加えて
夏には大雨に見舞われ
土砂崩れが起き
今も通行止め

ビニールシートの鮮やかな青が目立ち
人の気配はゼロに近く
解体や道の工事の音だけが響く


出来立てホヤホヤのゴーストタウン

に なんて
したくない

したくないけど
現段階では水は出ないし
生活は厳しいし寂しい

見捨てられた集落のようで
町が泣いているようで

だけど
清々しく澄んだ青空は
平等に広がっている


自然は時間とともに
少しずつ変化しながら
その地に合うように根を張っていくだろう

人もきっとそうであると信じたい







たった一人だけ出会った土地の人


おばあは
昼間だけ 隣町の大津から犬や猫の世話に帰って来る

寒いから着れるだけ着込んで来る


4月16日の地震があって避難してから
一度も家で寝ることはなかった
今は家族とみなし仮設に入居している


7月の豪雨

敷地内にあった牛小屋を土砂が襲った
牛はいなかったし家は無事だった

「水が出ないからね
 もう住めないね。
 どがんなっとだろかね。」

不安そうな笑顔で言う



地震から来週で8ヶ月になる


景色は変わりながらも
でも日常を取り戻しつつある熊本

復興の順番がまだまだ遅くなりそうな人がいる

家や農地はどうなっていくのか


私に何ができるだろう



工事のおじちゃん、親切にしてくれてありがとう
  


Posted by hachidori.photo at 01:08Comments(0)くまもと地震

2016年09月18日

チャリティ撮影会と義援金と記事掲載のお話





















震災についての講話&チャリティミニ撮影会に続き
9月10日
山梨県 白州・尾白の森 名水公園べるが にて
チャリティ撮影会を行いました


熊本の復興のために、と
7組の皆さまがおいでくださいました

県外でこんなにあれよあれよと
予約いただくということは
告知して下さった方のご尽力と
熊本地震で多くの方が
「何かしたい!」
と思っていただいていたことの
表れではないでしょうか


私の拙い撮影ではありましたが
すがすがしい森の中で
自然の恩恵を受けながら
感謝と共に
皆さまとの楽しい時間を過ごすことが出来ました


撮影中 野生のリスも見れちゃって!!!♡
しっぽが長くて
意外に大きくてビックリ!




そして
9日の講話でいただきました寄付14000円に
1000円お気持ちを追加でいただきましたので
合計15000円



10日の撮影会にていただきました
3000円×7組の21000円


を 震災の義援金として
熊本県にお送りしましたので
ここにご報告致します



ご協力いただきました皆さま、
本当にありがとうございます




そしてそして
毎月15日発刊の≪八ヶ岳ジャーナル≫に
講話の記事を掲載いただきました

伝えたかったことを
分かりやすくまとめてくださっています

お手に取られる機会がございましたら
覗いてみてください



  


Posted by hachidori.photo at 01:32Comments(0)くまもと地震

2016年09月13日

震災講和@八ヶ岳

あれよあれよと9月も半ば目前。
8月末 一週間に2度引っ越しをするという
怒涛のスケジュールを終え


そして



山梨は八ヶ岳にいます



海から山へ
海抜10mから1000mへ
ハイビスカスからコスモスへ
タンクトップからフリースへ
ビルケンからミネトンカへ
八重山そばからほうとうへ



激しい空間移動に頭がついていかず
花火の音が聞こえてきて
「あ 川平の海花火かな」
なんて何千キロも離れてリアルに考える自分が怖い♡


こちらはすっかり秋です

この記事を書いている今は
幻想的な霧が 森を包んでいます


石垣島で出会った素敵な方のお話や
子どもと共に石垣島に暮らすという視点からの記事を
書き綴りたいのですが

ひとまずご報告


八ヶ岳に住む このブログを読んでくださっている方が
山梨でも震災の話をする機会を作って下さいました
ここでも、石垣島での講話と同じママ達に


やろうか、やろうよ となってから
あれよあれよと話は進み


9月9日(金)
山梨県北杜市地域子育て支援センターつくしんぼルーム
にて約20名のママたちにお話ししました


9月5日に益城町を廻った時の写真と
4・5月に撮った写真を比べながら
復興までの遠い道のりを感じるような状況を
見ていただきました

そして子どもを抱えて被災するということについて
取材を通してお聞きしたお話や自身の体験を
共に皆さんにお伝えしました





ママたちも、取材に来て下さった方々も
私のヘタな話をすごく熱心に聞いて下さり
話がしやすかったです

各地から移住してきているご家庭も多い土地柄で
防災への意識の高い方が多いように感じました


実際ママによる防災を目的として活動する
「防災ママ」という団体もあります



お昼からは
募金して下さった方を対象に
チャリティ撮影会を開催


天気も清々しく
キラキラの笑顔を撮影させていただきましたので
ご紹介します♡

















このチャリティ撮影会&寄付で頂戴しました
皆さまのお気持ち14,000円は
震災の義援金として熊本県へ寄付いたします
(振込が完了しましたらこの場でご報告いたします)


おいでいただいた皆さま
大事な時間を割いて集まっていただき
寄付までいただき
本当にありがとうございました




岩手、北海道も台風で甚大な影響が出ています

どこか他人事だと片付かなくなったのは
楽しいとは言えない体験で得た財産の一つです

一日も早く安心して眠れる日が来ますように・・・


***


最後に
今回の講演にあたり
準備期間1週間という中で
多大にご尽力いただいた方に心からの感謝を★

songfaさん
岡田姉夫婦

・・・寝不足になりながらの準備、機材レンタル、前後の告知・報告、管理
私の使命を一つ果たさせてくれました

つくしんぼルームの先生方
・・・急な話を快くお引き受けくださり
業務を抱えながら
市役所や関係機関とのやりとりをしていただきました

山梨学院大学の先生
・・・見ず知らずの私たちに
快く立派なプロジェクタをお貸しくださいました

北杜市子育て支援課の方々
・・・急な依頼にも関わらず主催としていただきました。 
おかげでマスコミさんに来ていただきました

テレビ山梨、NHK、八ヶ岳ジャーナルの記者の方々
・・・まず、最初からプロジェクタの設定をしていただけたことで
開催することが出来ましたw(着いて早々お願いしてスミマセン;)
規模も大きくはない催しでしたが、
しっかりと番組内で取り上げてくださいました。
情熱が伝わる取材をしていただけたと実感しています

八ヶ岳ジャーナルさんは発行が楽しみ♪

TVを見て娘は「ママがTVから出てきたー!!!!」と大喜びでした
でも一つ言わせていただくなら・・・
顔がホントに丸過ぎてホント恥ずかしかったドクロ・・・


***


明日で熊本地震から5ヶ月

今日は久しぶりに連絡をとった益城の友人から

伝えて下さい
震災の怖さと 人の大切さを

とメッセージをいただきました

  


Posted by hachidori.photo at 21:10Comments(0)くまもと地震

2016年06月23日

やさしい夜を待ってます

窓を叩きつけるように降る雨

家ごと溶けて流されるんじゃないかって思うほど


2m近くまで伸びた ひまわりは寝るように倒れてる


テントで生活している人
車で寝ている人
どうやってこの夜を過ごしているでしょうか

避難所にいらっしゃるでしょうか


地震の被害をほぼ受けていない家に暮らす私ですら恐ろしい



生活が落ち着いてきた人も
心が安定してきた人も
また夜に脅える日が戻ってきたことでしょう



これまでなら友達や家族と
「雨ひどかったね」
って話していた


けど今は違う


「もうこれ以上何もないといいね」

「無事でいてね」

「避難したほうがいいよ」


≪いのち≫を近くに感じながら言葉を選ぶ


これは自然が私たちに教えてくれたことのひとつ



「また明日ね」

って言葉に 重みを感じるようになりました


***


熊本地震で被害の大きかった御船町をたずねました




平日の昼間 誰もいないテント村

休日は親子連れで賑わう町の真ん中の恐竜公園

脇の広場には仮設住宅建設の準備がされていました



工事のお昼休憩をされていた山下さん親子

かっぷくが良くて
ホッとさせてくれる笑顔のお2人



土木がメインの建設会社を営まれています


震災後 ここ御船に
仮設住宅建設を請け負っておられ
御船の前は西原村だったそう


プレハブの仮設住宅は地盤の整備を含め
約1ヶ月で完成します

今は地盤を強化し安定させる行程で
完成は7月半ばの予定だそう




4年前に熊本を襲った豪雨で
阿蘇や熊本市は大きな被害を受けました

そのときも阿蘇の一ノ宮に仮設住宅を建てました

期限付きの仮設住宅は
取り壊したばかりだったそうです



「壊さんで とっとけばよかったなぁ」

って社長のお父さま。



熊本県合志市のご自宅は
被害は大きくありませんでした

でも周りは 倒れた家屋などで
通れなくなっている道もあり
お持ちのダンプで 復旧作業にあたりました

「できることをせなん、て思たもんね」






「今年は暇ばいねって話しよったばってんね~
まさかこがん忙しくなるとは。
でも儲けには い~っちょんならん!」

って70を超えた社長




家を修繕しようにも工賃も物価も跳ね上がっている今

需要と供給のバランスってヤツでしょうか
世知辛さを感じてしまいますハートブレイク

どうにか家を住めるように と思っても
心折れそうな現実があります

「そがんことしたらいかんもん。
こがん時こそ助け合わなん」




こんな人がいてくれてよかった


暑い中 雨の中 遠くから毎日出勤お疲れ様です

頼みます、おじちゃん!!!!!!!!
安心して眠れる家ば!!!!!


  


Posted by hachidori.photo at 00:19Comments(0)くまもと地震

2016年06月09日

着の身着のままからの2ヶ月間





益城町のキャンプ村は 閉鎖されました

ですがニーズはあるもの


家では暮らせないけど
ペットがいたり
小さい子がいたり
避難所では窮屈だったり・・・


熊本市中央区にある広い公園にも
テントがいくつかありました

だいぶ減りましたが、
既に夏の気配漂う今も
テント生活をされている方がいらっしゃいます





ウシジマさんご夫婦は
ちょうどこの日 テントからお引越しの日ということで
荷物やテントを片付けにいらしていたところでした






ご夫妻は熊本市中央区のアパートにお住まいでした

前震のあとに避難、
その後落ち着いたかということでアパートの部屋に戻りました

そこでまた本震・・・

アパートは倒壊したりということはなく
2匹のワンちゃんを部屋に置いて
近くの学校へ避難しました
余震が収まるまでのつもりで



夜中3時ごろ若い兄ちゃんから
アパートが火事だと聞かされました


急いで戻ると
2匹のうち1匹、ミニチュアダックスのロンくんは
ヤケドを負いながらもなんとか部屋から逃げてきました

背中に大きなヤケド痕が今もいくつもありました


でももう1匹のシュナウザーは
高齢ということもあり
逃げることができなかったそうです


「辛いけど・・・こればかりは仕方がない
そう思わないとやってられない」

涙ながらに奥さんがお話してくださいました







一時的な避難のつもりだったので
服も持ってきていなかった

着ているものだけ
手に持ってきたものだけが残りました


他のものは下着も布団も一から揃えました


やがて出費は100万円に届きそうです




本震から半月ほどは車中泊されました
けれどやはりきつい・・・

知人からの紹介でこの公園に来られました

タイミングよくsnow peakさんからテントの配給があり
張り方も丁寧に教えてくださいました




テントでの生活はどうでしたか?
とお聞きすると

「足が伸ばせて快適だったよ
でも暑くて朝は8時から中に居れなくなる」

夜にお仕事にいかれるご主人さんは
昼間は木の陰で過ごしました

影が動けば一緒に動きます



「余震もあまりひどく感じない。
ここは何も落ちてこないから安心。
それに もう何も失うものはないからね」

この奥さんのお言葉
笑いながらでしたが
重みがあり やるせない思いを感じます


1ヶ月以上生活したテントを洗います
奥サマお写真NGでしたので手だけ
待った!!




***


規模の小さいテント村、
炊き出しは震災から1ヶ月以上あき
5月末から週に2回炊き出しがあったそうです


震災後すぐは
学校の炊き出しに並んだこともありますが
ほぼ会社から貸してもらったカセットコンロで
調理していました


テント住民同士で 炊き出しなど
何かを一緒にすることはありませんでしたが
お水をおすそ分けしあったりと
良い方々に囲まれていたそうです







ウシジマさんのアパートには4部屋ありました
他は燃えたけど
ウシジマさんのお部屋は一部残りました

もうそのアパートに住むことはできないけど
出た判定は半壊だったといいます


空き物件を仮設住宅と同じように借りることのできる
【みなし住宅】に入居するには優先度が下がります

もちろん申し込んではいるけれど
まだ連絡はありません

現在二次調査を依頼されているとのこと

それでご自身で見つけられたアパートに
6月から入居することができたそうです



行政のすることには不満だらけ・・・

悲しいけれど そんな言葉も聞きました

色々なご体験ややりとりがあってのことでしょう
どこにぶつけようもない思いがあってのことでしょう

行政でみんなが幸せに、というのは
難しいのかもしれませんが
できるだけ早く 何らかの方法で
金銭的負担だけでも緩和されればと願います


***

ロンくん よく逃げてきたね




よくがんばったね
6才のヤンチャなロンくん
どんな怖い思いをしたでしょうか




ワンちゃんたちのお話をお聞きする前に
私は
「火事で大変でしたね、でも命があってよかったです」
と言いました
なんて浅はかな言葉だったろうと涙が出ました

もう1匹のワンちゃんに申し訳ない
ご家族に申し訳ない

戒めとします

  


Posted by hachidori.photo at 23:48Comments(1)くまもと地震

2016年06月06日

川尻さんぽ







熊本市南区にある川尻地区

お寺や和菓子屋さんが多く 刃物が有名で
伝統を大切にし

西南戦争の際の薩摩軍の休憩所もあり
石造りの船着場も残る 趣たっぷりの町


ちょっと前の話になっちゃいますが
お散歩ルポをここに。


***

震災後 避難所となっていた川尻小学校


地震の翌日
4月15日は本当は遠足の日だったんですね




毎月始めには川尻神宮までお散歩がてら
参拝に行きます

参道の入り口にある鳥居の一つは
しっかり落ちてしまっていました



川尻神宮の脇にある若宮稲荷神社は
小さな神殿がなくなっていました


そこは娘が気に入っていたところでした


***

川尻には瑞鷹酒造があります

大きな被害を受けました


奥に見える瓦の屋根が瑞鷹さんです
手前の神社の被害も大きかったですが
子どもたちが元気に遊ぶことで色がついたようでした



最近はお土産やちょっとしたお礼に
瑞鷹を贈ることにしています

皆さんもぜひ♡
http://www.zuiyo.co.jp/




熊本市南区では
家屋が激しく倒壊した地区もあります

そして液状化によって傾いた家も多いです



地震のあと車で避難しようとしたけど
家の前の道が隆起して車が出せなかった

道のボコボコで自転車がパンクした

なんて話も普段の会話で出てきます






川も近く 地域の特性として
地盤があまり強くないのかもしれません


人的被害は大きくありませんが
家に住めず今も避難している方はいらっしゃいます











牛乳製品を扱う かせ川沿いの中村さん宅





前のめりになってきた家
幸い震災時はここで寝泊りはしておられなかった

中には入れないし補修に数百万かかるって
ちょっと落ち込んでおられましたが
心強い助っ人が!!!

何でもできるカウボーイなご友人



色々とステキで
ベルトがステキで
この状況に手を貸してくださるそうです



お話をして写真を撮らせていただいたあと
森永のカフェオレやヨーグルトやプリンをいただきました


なんでこんな状況で人にそんなことできるんだろう

話をするといっきに距離が縮まる

これが平和への道なのだと信じてます


***




昭和25年に25万円で建てた納屋
八寸の柱が使われていて とてもしっかりとした造り

だそうです


幸いなことに崩れなかった

でも傾いた


筋交いを入れて補強し まっすぐなったと
よろこんでいたおじいちゃんがいた

おじいちゃんは農家さんで
働いて働いて働いて建てた家(現在は納屋)
倒したくなかったんだ、って


ゴミ出しに行ったときにお話ししたから
カメラもなくて撮れなかったけど
嬉しそうだった


ゴミ出しに行くたびに
「傾いてるなぁ」って思ってた

けど今日はピシャリ!!!!


壊れたもの、失くしたものは
「断捨離」って割り切り
必要なものを改めて考え直すきっかけになるけれど
でも誰かにとって本当に大事なものが残るって
それはやっぱり嬉しい気持ちになるです



***



全国的にも
地震の報道はだいぶ減ったと思いますが

大きいお店は開いていない
映画館もほぼまだ開いてない
繁華街でもまだ閉まっているお店はたくさんある

失業した人も
廃業した人も
復帰できない人も
普通にいます


そんな人がボランティアをしています


がんばろうって言葉は
使いやすくて使ってしまうけど
まだ乱暴な気もする



何ができるか何がしたいか
一人ひとりが じっくり考えて吟味して選んでいく
そんなタイミングなのかもしれません



私も見つけました
  


Posted by hachidori.photo at 23:00Comments(0)くまもと地震

2016年05月27日

できるしこだけど 思い新たに。




ママたちの手作りで
いろんな人の温かい思いが集まってできた
「できるしこ全員集合」

とっても久しぶりにイベントに出店しました






できるしこって言葉は
できるだけっていう意味の熊本弁です

子どものために 他のために
無理はしすぎないでがんばっていらっしゃる方々が
丁寧にプロデュースされていました


震災の復興を願い
震災の疲れを少しでも忘れてほしいと、
ママたちがホッと一息つける場にしたいと
開催されています


各ショップ自慢のデリやスイーツ、
フリマや雑貨類の販売だけでなく
全国からハンドメイドの被災地支援グッズが届いていたり
子どもが楽しめる木のオモチャや絵本が並べられ
外には体を思いっきり動かせる体育ブースもあり
マッサージやネイル、ヘッドマッサージ、アロマや
オリジナルのメッセージフレームづくりなど
心身の疲れを癒すブースの横で
ピアノコンサートや音楽のショーなどで大賑わい












はちどりphotoもお邪魔してきました♡


雨も心配でしたが曇りやら晴れやら
天気にも気温にも湿気にも恵まれました。
そんな中で走り回って
くっさい汗をかかせていただきました!!






















熊本のみなさん
今回の地震で家族の絆やありがたさを
これまでより実感されたような
この瞬間を大事にしたいって
思っていらっしゃるかのような

何かいつもと違う印象を受けました
言葉の端々なのか表情なのか
うまく言えませんが




そして私自身もきっと変わっているのだと思います

撮らせていただくことへの
責任感のような
使命感のような
そんなものが心の底に沈んでいるような感じでした


痛みが伴ったけど
でもとっても大切で あたたかいものを
与えてくれたようです

きっとそれは多くの方に。
  


Posted by hachidori.photo at 01:17Comments(1)くまもと地震

2016年05月22日

避難所でのお話~パンツだけじゃないよ~

「こないだね ようやくパンツばもらったったい!
そ~したら黄色でね、
もうスケスケもスッケスケたい!
ぜんぜん隠れんでピンピン出てきて
も~ あらいかん!
お披露目しようかと思ったけど せずじまいたい」


「なんでん良かったい隠れたら」

「あら、こら良かね
(赤にハートのド派手パンツ充てて)」

もう笑いすぎて笑いすぎて
疲れるほどに
ドスドス刺すように
おばちゃん達がおもしろい





これは益城・広安小学校 体育館での一コマ

避難されている方に
物資を届けるお手伝いをしてきました

この活動をしているのは
サクラキノイエの葛西江美さん
熊本市西区島崎で 親子のための
キッズスペースを運営されていました
http://www.sakuraki.net/

子どもが楽しく遊べて
ママたちはリラックスできる場所

私もお仕事やプライベートで
お世話になっていましたが
地震で営業できない状態となってしまいました


今は 各避難所でキッズスペースを特設したり
物資をお届けし
避難されてる方とおしゃべりしたり
地道な支援活動をされています


お店の再建を目指しつつ
これまでしていた親子のための事業と
社会活動を結びつけるような
団体を立ち上げる動きを進めています

地震を機に
新しいステージに進むことになりそうです

毎日走り回っておられますが
葛西さんも被災者
地震の影響でお店が運営できなくなった事業主でもあります

2歳の息子ちゃんがいて
それでも時間、手間、ガソリンを使って
活動されている様子に頭が上がりません

息の長い活動ができるようにと
クラウドファンディングを立ち上げますので
その時はまた改めてお知らせします頼む

ご活動の様子はこちらでご覧いただけます↓
https://www.facebook.com/sakuraki.4ur.life/?pnref=lhc



避難所の運営機関に物資を届けても
運営側の管理も周知も大変で
なかなか行き渡らないこともあります


お邪魔した一つの避難所では
もう物資は充分あり
捨てることになるともったいないし
コストもかかるため
不要だと言われることもありました


今回葛西さんがご用意されたのは
アロマ&オーガニックのファブリーズのようなアレ。
東京の企業から届いたものです


避難されている方に直接お渡しすると
「こんなのが欲しかったのよ~!」
との声をたくさん聞きました


葛西さんは直接お一人お一人からニーズをお聞きし
調達して直接その人にお渡しされています


人数は少ないかもしれないけど
刻々と変わるニーズに対応して
必要としている人に望まれる物を
確実に渡せる方法をとっています



印象的だったのは、子供用のサークル。
ペット用で代用できると知恵を出して
用意されました

ゴロゴロしたり
ハイハイやたっちがやっとの子たちは
自由にできる空間がなかなかありません

小さくても これでお母さんも
少しはホッとできることでしょう





***


「ちょっとどがんね!これ似合うね!」

「あら~アナタその色よかよ!似合う!
それにしなっせ」

「ほらポリデントてよ!」

「あら私も欲しかー!
んなら みんなで分けようたい」


ほんの少しの時間を、ここにいる方と共有し
垣間見させていただいただけですが
和気藹々とされていました

ここは白い布で仕切りがあり
布をかけるポールには
表札のように名前が書かれていました

まるで村のようでした

飼い主ではなくてもペットをかわいがって
子どもたちを歓迎していました


もう高齢犬のミキちゃんと 飼い主ではないおじちゃん
ずっと抱っこしていました




小学生の子どもたちは
この体育館から教室に通います
チャイム鳴ってから走っても間に合うね
って話してました

家が倒壊してから体育服がまだ手に入らず
指定されたのはシンプルな洋服

そのシンプルな服も 手に入れるのに
困っておられました


洗濯も自由にはできませんし
肌着やパンツもやっぱりまだまだ需要があります

手紙とともに おりものシートまで
添えてある物資もありました。
細やかな配慮に心がじーんときます


子ども用石鹸や湿布も人気
ポリデントも。
尿漏れシートもこっそり喜ばれました



包帯を巻いている方も何人もお見かけしました

落ちてきた天井や家具を必死で支えたのです
そのときは痛いとも思わずに


避難所を出てお子さんの家に身を寄せて
肩身が狭い思いをしている人も
いらっしゃることをお聞きしました
それならみんな同じ思いをしている人がいる
こっちの方が良いと。
娘さんの家に避難して
誰もいない昼間は
避難所に来る人もいらっしゃいました


人によっては何かくださろうとします
ジュースだったりお菓子だったり・・・

避難している方からいただくなんて心苦しいのですが
でも何かお返ししたいって
きっと自然な気持ちだし
そんな気持ちが自尊心に
繋がるのかなと 偉そうにも思うと
ありがたく頂戴したいと思うのです

わざわざ駐車場となっているグラウンドまで
お菓子を持って追いかけてきてくださいました






また会いに行くと約束しました

パンツの履き心地を聞きに行きます

今度は中での撮影許可をいただければいいな・・・
  


Posted by hachidori.photo at 01:35Comments(0)くまもと地震